過去に戻れるのなら…

どの時点に戻ってみますか?
ちょっと今日は後ろ向きなので、話題も後ろ向き。
いろいろ戻ってみたいときはあるけれど、
願いがかなうなら、どうしても戻ってみたい時があります。


私には女のきょうだいがいるのですが、彼女はいま心の病を患っています。もう何年も前から。
今までの経過から、家族の中で一番私が彼女の予後を厳しく見ていると思います。
その彼女が発症する前、彼女に対して後悔してもしきれない行動をとりました。
それが病気の発症の誘因のひとつとなったとは言い切れない。でもならないとも言い切れない。

そのとき彼女は社会人となり、初めて他県で一人暮らしをしながら働いていました。
慣れない職種で、なれない環境でストレスも大きかったでしょう。
そして、職場で彼女のミスではないのだけれど、彼女のミスとして責められたことがあったりして、強いストレスの中、彼女が家に帰ってきたことがありました。

そのとき私も働きはじめていて、ずっと彼女と二人で使っていた部屋を一人で使えることになったので、模様替えにいそしんでいた頃でした。
その日はベッドが到着して、ガタガタ部屋の中でやっていました。
帰ってきた彼女は「手伝おうか?」と声をかけたのですが、
私は自分でやりたくて、「いい」と断りました。
再度彼女は「でも大変そうじゃない」と声をかけました。
私は、イラッっとしたんです、その瞬間。
「いいって言ってんじゃん。邪魔なの!」
……その瞬間、彼女が泣き顔になったのが目に入りました。

そしてそのまま、母のとめる声も振り切って、帰ってしまいました。
そのときは「あちゃー、きついこと言っちゃった。でも帰ることないじゃん。いつものことじゃん」と思ってました。気まずく思いましたが、それよりも予想外の彼女の行動に驚いていました。
そう、確かにいつもなら、「あ、そう。人が親切に言ってるのに、この子はもうっ」とかプンプンしながら、居間で母とおしゃべりしたりしていたものです。
何でも一人でやりたがる私の性格は、彼女も熟知しているのですから。そして口が悪いのも。

彼女を取り巻く苦しい状況を知ったのは、それからしばらくしてから。
…帰り道、どんなに哀しかったか。
苦しくて、苦しくて、助けを求めに帰ってきたのに、
私の言葉はその最後の砦さえ、帰る場所さえないように感じさせてしまったのではないでしょうか。

私がそのときの彼女をおもうとき、彼女の心が砕けていく様が見えるようです。
ポロポロポロポロ…、電車の中で彼女の大切な芯がこぼれていってしまいます。
そして過ごす夜はどんなに孤独で孤独で、さびしかったことでしょう。
このことがきっかけだ、なんてことは言わない。

でもたくさんのストレスの中、どうにかこうにか均衡を保っていた彼女の心をこわす、最初の一撃を与えてしまったのではないか、という思いが離れない。
大黒柱にヒビが入ってしまったら、いつかそれがもとで倒れてしまう。
あそこで、「ちょうどよかった。手伝って」と言えていたなら・・・。
そして楽しい団欒を過ごせていたのなら・・・。

帰宅後に彼女を取り巻くストレスにも元気と柔軟性が彼女の心に生まれていたかもしれません。
あそこで、そううまくいっても、結果的には病気を発症したかもしれません。
病気がその姿を明らかにしたのは、その1~2年後。
因果関係の真実はもうわからない。永遠に。

だから私も、いつまでも堂々巡りをするばかり。
ただ、心療内科の先生に聞いた事があります。
「慣れない環境、仕事などでストレスがピークにあるとき、支えとなる家族の愛情などが受けられなかった場合、発症の誘因となることは考えられますか?」みたいなことを。
答えは「誘因となりえますね」と。

彼女が具合が悪くなるとき、私のことを
「諸悪の根源」といいます。
ボランティアから帰ってきたとき、はじめは同じ部屋で寝ていたのですが、
「おまえなんていなければ…」と夜な夜なつぶやく彼女の声と私に固定される強い視線に気づいて、その後寮に入るまで居間で寝ていました。

「これをかけてやろうか」と沸騰した湯の入った急須を持って真横に立たれたこともあります。それを気づかぬフリをして、勉強に集中しているフリをしていることは苦痛でした。
試験の前日、籐と針金で作られた籠で顔を殴られ、腫上がった唇で試験場に向かいました。
そのときは女きょうだいであるからこそ、常に比較しやすい関係だからこそ、働いている自分、順風満帆に行っている(ように見えている)自分に、具合が悪くなるときは負の感情が大きくでるのかなぁ、とおもっていました。

でもね、このときの記憶に行き当たり、もしかして彼女の心にこのときの苦しさや、哀しさや、怒りが、インプットされているのかな、ともおもう様になりました。
でも、もうそれも確認する術はないのです。
ただ、思いが堂々巡りするばかり・・・。

あとでどんなに悔やんでも、
どんなに泣こうとも、
何も変わらず、淡々と現実が目の前にあります。
ひたすらに進むしかない。

それでも、おもうのです、
もし、願いがかなうなら、時を戻れるのなら、
「手伝って」
この一言がいいたい。

ごめんね。こんなのがあなたのきょうだいで。
もっと優しい子だったら、あなたはいまもっと生きるのが楽しかったかもしれない。
どうして、一番優しく接したいひとに、やさしくできないんだろう。

コメント