スペイン語しか話せない妊婦が再来院しました。
夫と一緒に・・・そして彼もほとんど日本語話せない。
前回、“彼女と楽しくしゃべりたい”なんて抱負を述べていましたが、語学云々以前にそのような状況ではありませんでした。
予約がいっぱいになってしまい、断るために私が通訳することになったので・・・。
胸が痛かったです。
診察室でつわりについて心配したり、おなかの張りについて質問したり、エコーで赤ちゃんの成長を確認した後、
彼女が「私ここで自然分娩できそう?」と笑顔で聞いてきました。
私は用意していた予約ができない旨を訳した紙を渡しました。
笑顔から真顔、そして困惑顔へ変化していく二人。
紙面では伝えきれない理由を伝えました。
「わかったわ。でもいつまでここに来られる?」
と聞かれ、次の病院が決まるまではここで責任をもってみるよ、と伝えると安心した様子でした。近隣の産婦人科をいくつか挙げ、地図や最寄の駅などを伝え、彼らは笑顔でかえって行きましたが、最後まで
「ここで生める可能性はないの? あなた言葉わかるし、ここで産みたいの」と聞いていました。
婦長、医師にも確認したけれど、やっぱり予定数以上に予約を入れるのは難しいとなりお断りしました。
これから他院でも行うであろう検査についてや、よく聞かれる質問や、妊婦が聞きたいと思うことの日‐西両方で表現した紙を渡して、参考にして、というのが精一杯。
親戚に日本人がいるといっていましたが、遠くに住んでいて妊婦健診に同行するのは難しいと聞いていたし、かといってこれから彼女たちが行く病院にスペイン語がわかるスタッフがいるとは限らないし・・・。
言葉がわからなくて不安な気持ち、伝えたいこと・聞きたいことがあるのにそれをうまく表現できないもどかしさ、というものは経験上よくわかるので、なおさら彼らの行く末が心配です。
何もできない自分にも腹が立つ。
それが一番腹が立つ。
彼女の予約を受け入れられない事については婦長にも医師にも非がないというのはわかっているので、怒りのやり場がない。
彼らも日々苦渋の思いでお断りをしているのです。
私はそのうちの一つを担っただけであり・・・。
怒りは無力感に変わっていきました。
「すごい。そんなに話せるなんて知らなかった~」
と同僚は感心して、問題なく納得して彼らが帰っていったことに満足していましたが、私は無力感で満たされていました。
“杵柄”が再生されたか、否かということであれば、けっこう再生はされてきた感じですが・・・。
語学はあくまでもツールです。
道具ばかり磨いても、それをいかして相手を支えることができないのであれば、それは私にとって意義も喜びも小さい・・・。
言葉が通じずに、ただ締め出すという結果よりは少しは役立てたと評価はしていますが、その評価もこれから出産までに彼らが抱える不安・戸惑いを考えると、しょせん自己満足の域なのです。



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