何度やってもうまくできないことがあるんです。
学生指導なんですけどね。
“うまく”がどんな状態をさすのかも、明確に表現できないけど。うまくいかないんです。
いつもいつも反省ばかり。
いろいろ考えて実行してみるけれど、何かしっくりこ
ない。
他の指導者と比べてみたり。
「B型にはむかないんだよっ!」と血液型のせいにしてみたり。
だれかれ構わず愚痴を言いたくなってみたり。
逃げたくなってみたり。
でも逃げられないので、ひしひしとストレスが高まってくるのを実感したり。
苦しいです、なかなか。
そんな中で、昨日一つの光を見つけました。
本屋に立ち寄り、読んでいた英会話関係の本の一文に、「語彙が臨界状態になったら、自然に英語が溢れてくる。」
頭の中で“ひらめき”が生まれました。
私の経験値はまだまだ少ないんです。
反省も、後悔も、達成感も、すべて含んださまざまな経験がある程度の閾値になったとき、
さまざまな状況に対応できる指導者に近づけるのでしょう。
もっともっと経験値を積むしか、この苦しさを乗り越えることは出来ないのでしょう。
乗り越えたとき、この感じていた苦しさは糧になり、さまざまな形で生かされるのでしょう。
そう考えて、風呂場で少し泣いて(涙でストレスホルモンは流れ出るんですよ)、出てきたら元気になりました。
そして、出勤時の必需品は「CELEBRATION」(X)。一曲リピートです。
どんなに心がフラットでも、へこんでいても、聞いていると自然に“元気”の泡が湧いてきます。
更衣室につく頃には「よっしゃ!がんばるぞっ!」と足取り軽く、笑顔になれます。
「勉強しな」と人に言うにはまず自分が勉強していたい。
「休まずおいで」というには、まず自分が元気に来ていたい。
「頑張りな」というには、まず自分が頑張っていたい。
「助産師になりな」というには、まず自分が魅力的な助産師になりたい。
人に何か言うとき、そのことを自分自身は出来ているのか、同時に突きつけられているように感じます。
未熟な部分がいつも不完全燃焼でくすぶり、苦しいのでしょうか。
でも、いつか、必需品がなくても自然体で軽やかに、与えられた役割を果たす自分に出会いたいです。
いや、出会う。
いま迷い、考えながら進んでいる道がどのくらい続くのかはわからないけど、進んでいれば、いつかは目的地に着くのです。きっと。
まずは一回一回、経験を積むこと。
へこまず、反省して、次の回に反省したことを反映させてみること。
うまくいったことは、もう一回良く考えて、そのエッセンスを抜き出して記憶して、応用できるように整理しておくこと。
学生に私が伝えたいことを明確にすること。
・・・それはなんだろう・・?
わかる楽しさを知ってほしい。一つ一つのバラバラな知識が、つながっていったときの“ピン!”とくる感じの面白さ、楽しさ。
これを一つでも多く感じて欲しい。
そしたら勉強なんて、強制しなくても人は勝手に学んでいけると思う。
人の心により添えたときの喜びを感じて欲しい。
自己満足でなく、押し付けでなく、勘違いでなく、人の心により添えたとき、その感謝の言葉は心を強くしてくれると思う。
生き生きと働く姿を見てほしい。
さまざまな背景を持つ学生がいるから、看護師になる動機もさまざま。実習をする中で道に迷っている子もいる。
常に学び続ける姿勢で、さまざまな人に臨機応変に対応していくスタッフの姿をみて、「カッコイイ!」と思ってくれたら、それは彼らがこの道を歩くときの何よりの動悸と励みになると思う。
・・・ってなことしか考えつかない。
でも実際は
「その髪何?赤ちゃんの目に入ったらどうするの?」
「目的もないのに見学するの?それではどこに視点をおくわけ?流れてっちゃうよ」
とか、お小言ばかりいっている気がします。
はぁ~~~~。
…いやいや、反省して明日にむかいます、はい。



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