手当て。

3日間愛媛から来ていた友人が今日帰りました。あ、4日間か。
彼女は私よりもず~っと筋金入りのHIDE&hideファンで、彼が亡くなったとき、彼女も人が変わったようになっていてとても心配したものです。
彼女と空港までの道のりをしゃべっていたら、「なんだかさぁ、苦しくて仕方がなかったのが、とれたんだよねぇ。これからもいないことが切なくなることはあっても、でも今までよりも大丈夫な気がするよ」
と言っていました。

これは私も同感で。
同感というのははばかられるかな。共感するところがあって。
きっとhideが亡くなってから、彼女には大きな傷ができていて、彼を好きになってから私にも傷ができていて。
いびつな傷はなんどもかさぶたが剥がれて、どんなに治したくても、行き場のない膿がたまっていて、ジクジクと自己主張していたんです。
それを3日間のコンサートで、膿が出せたのかな。
ドームで何度も叫ぶことができて、それも一人じゃなくて、そこにいる何万人が同じ気持ちで叫んでいて。

足を運べなかった2日間も、行き場や表現のしようもなくて押さえ込んでいたXへの想いやhideへの想いが、取り繕う間もどう表現しようかと考える間もなく、一気にあふれ出て行きました。
そうして空いたところに曲が、声がしみこんできて。
それはまるで温かい手当てのようで。
膿を出し、きれいな水で洗い流し、消毒し、柔らかい布でおおい、おまけにギュっとハグされているようです。
自力で治すしかないんだけど、一人じゃなくて。手当てのおかげで歪んだ傷跡すら大事に思えるような、そんな感じ。
感じ方は違えども、似たような感覚を持った人は他にもたくさんいるのではないかと思います。

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