近々見てもらいに行こうかと思っています。
年内は無理かもしれないけど。
家から電車で1時間半くらいのところに、“見える”人が住んでいます。
白紙に見たい人の名前と生年月日、学業のことだったら学校名、仕事のことだったら職場名とか書きます。
その人は目をつぶって指でなぞるようにして、見えるものを言ってくれるんです。キーワードとか見えた画とかを余白に書きながら。
私ももらった紙にその人が書いてないことで、覚えておきたいことを書き留めたりします。
…けっこう見えてるですよ。
だから、気になることを言われるとちょっと怖い。
前回は、雨上がりの日に姉が錯乱して車とぶつかっている、という画が見えたといわれ…。
命に別状はないのですが、状況からいつ起こっても不思議ではないことなので、家からいつ電話が来ても落ち着いて対処できるように心の準備をしていました。
やっぱり気になるのは家族のことだったりするので。
自分のことはね、ほら、どうにでも自分で変えていけばいいことだから。
あとはもう一人、たまに見てもらっている人がいます。
10月に見てもらったときは、心身ともになんだかしんどい状況にいるようでした。
“7ヶ月が苦悩の日々”とか“イライラいている。足かせをはめられている感じ”とか、色々心配になることを言われました。
…というか、私も見えているものを一緒に見たいんですけど!腕をつかんだら同じものがみえる、とかいうオプションはないんですか?あったら別料金でもお願いするのにな~~。
“11月に入ると目処が立ち、2,3月からが上向きになってくる”とも言われていましたが、今はどのようにお過ごしなのでしょうか。
少し髪もさっぱりしていたので、気分にも変化が出ているのでしょうか。
そんなにしんどくなければいいな、とそればかり願います。
いろんなことがあるとは思いますが、幸せなことが少し上回っているといいなといつも祈っています。
見えない未来。
それでも見たいと思うときは、自分のことではなく周りの大事な人の先を案じる時です。
自分が何かできることがあれば少しは気が済むのかもしれないけれど、たいていは何も手伝うことはできず、その人自身が向き合っていくほかないことばかりです。
それでも、少しでもその先が見えたのなら、何かできることがあるかもしれないと期待してしまいます。
見えるその人は、自分のことは見ない、といっていました。「悪いことが見えたら怖いじゃない」と笑っていました。
もしも見えていたら、どういう日常を送っていたのだろうか…?と考えます。
それはそれで、また違う考えの終着地点にたどり着きそうです。
う~む。
やっぱり、時々電車に乗って、お伺いしてはドキドキしたり、ほっとしたりする今の状況が私には向いているようです。



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