ある心象

今の自分を見つめてみる。
今の自分は、過去の自分が望んでいた自分だろうか?
望んでいた夢はかなった。
表面上はかなった。
さらに時間が進んでいるだけ、前に進んでいる。
輪郭を描くので精一杯だった“夢”と比べたら、現実は成功している。

でも、望んでいた未来の自分はこうだった?
望んでいた私はこんな気持ちになっていただろうか?
もっと、もっと・・・何かがちがう。
何かが違う。
夢と現実、いや、理想と現実というのか。この“違う”という感覚はその二つの間の差なのだろうか。

夢はかなったのに、過去の私が望んでいた“未来の私”の姿が頭にある。
かなったのに、どうしてそこが光っていて、恋しいのだろうか。
過去の私が望んだ私はここにいるのに・・・。
目の前の毎日を繰り返していれば、その姿もいつかは消えてしまうのだろう。
でも、私は消したいか・・・?消せるのか?

ここにいる私ではできないことがある。
忘れられない想いがある。
過去の自分が探していたものはここでは見つからない・・・かも。
夢と現実の差だとあきらめられない。
夢を、理想を現実にできる道があるんじゃない?
もう一度過去の私が望んでいた“未来の私”に手を伸ばしてみよう。

『Junk Story』を聞いて浮かぶ私の心の声。
歌詞の解釈とは違う、頭に浮かぶイメージ。
一年位前の私はこの曲を聞くたびに泣いていましたね。聞くたびに浮かぶ声というのか、イメージというのか、それが抑えよう、見なかったことにしよう、という蓋を何度も押し上げるから。
蓋を開けられてしまったら、現実に適応できない気がして。
今は蓋は開いて、“未来の私”に手を伸ばすことにしたので、視界は広いです。

現実に適応できないなんて心配は要らない。未来を現実にすればいい。

コメント