車を運転するということ

お久しぶりです。
気づけば最後の投稿が2014年11月・・・それでも訪問してくださっていた方がいらっしゃったことに驚きと感謝です。

唐突ですが、皆さんは「柳浩太郎」という人を知っているでしょうか。または彼の著書「障害役者」という本をご存じでしょうか。芸能活動をしていた彼は昨年の12月で事務所を辞めました。
私が彼を知ったのは、2014年くらいでしょうか。その頃好きになった若手役者さんを検索していて、ミュージカル「テニスの王子様」の動画を見ていたら、彼の動画が出てきました。2003年ミュージカルの稽古の帰りに交通事故に遭った彼は、頭を強く打ち、「高次脳機能障害」と右半身まひの後遺症と付き合いながら芸能活動をしていました。

彼は著書の中で「事故に遭って良かったとは決して言わない。でも、事故に遭った僕の人生は、やっぱり“宝物”だ」と言っています。容姿に恵まれ、事故以前のなんでも器用にできていた体から、一つのことを何度も時間をかけて繰り返さないとできなくなった体を受け入れて、現在の自分の掲げる目標に向かって歩んでいました。

柳浩太郎という人を知ることで、彼自身への関心とともに、車を運転することの責任も強く感じるようになりました。
自分の運転で一人の人の未来が大きく変わることを切実に感じました。
どんなに本人がその状況を受け入れたとしても、やはり事故にあって良いことはない。
10代で事故にあった彼は、若さと努力で驚異的な回復を見せたけれど、後遺症を持った彼の人生はその先何十年も続きます。
運転する人は、走る凶器に乗っていることを自覚しないといけません。

私は軽自動車に乗っていますが、軽自動車は車体の強度が普通自動車よりも劣るので、「走る棺桶」とも言われています。
たしかに、以前、信号待ちをしている時に軽トラに追突されたことがあります。減速していて20キロもでていなかったらしいですが、後ろがボコボコになりました。
それからは車に乗っている自分の身が、それほど守られているわけではない、とわかって、前後左右への意識が強まりました。

運転している自分が被害者にならないこと、そして加害者にならないこと。
日々に忙殺されて、ちょっとの時間を惜しんで黄色信号を走り抜けたり、歩行者の確認を怠って十字路を通過したり、ついしてしまうことがあるけど…。
でも、一度事故を起こしたら、加害者の頭に残る記憶よりもずっと、被害者の心身に残る記憶と後遺症はその人生に続いていきます。

柳浩太郎さんが事務所を辞めたことを、つい先日知ったんです。いつもいつも、情報を得るのが遅い私です。
役者としての彼を惜しむ気持ちが膨らんで、つぶやきたくなりました。
30歳になった彼の人生をこれからも陰ながら応援したいです。

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