道しるべ

これは引用ではなくて、実感なのですが。
毎日の日記ではなくても、印象に残った出来事にまつわる自分の思いや、考えを書き留めておくことは後々の自分の糧になりますよ。

今月、ひょんなことで目に留まった通販の中に、ノートがありました。
外装が革でしっかりしたページ数もたっぷりのノート。大きさもA6くらいの手ごろさ。一生もの、って感じです。
売り言葉も、思い出を云々かんぬん…と長期保存向けです。
ふむぅ…。20代の時から、何かしら書き留めていた小さいノートも残り少ないし、これなら今までのを写してもまだまだ書けるなぁ,と購入。購入時はこのカテゴリーにもある言葉のalimentoを書き写すつもりでしたが、届いてみたら、気がかわって今まで徒然に書いていた詩や出来事についての考えなどを書き留めた内容の方を写していました。
ここ数年はこのブログのつぶやきや追憶で書いていた内省的な内容のものです。

書き写しながら、ほとんど忘れて生活しているものだと感じました。
でも、確かにそう感じて、考えていたという記憶が蘇ります。
今読んで、人付き合いにおいて「初心に帰る」というか、大事と気づきつつも再びおざなりになっていた事柄なども見つけました。
過去の自分はいろいろ考えて、その時々にそれなりの結論を出して、歩いていたんだな、とわかります。

不思議なもので、過去の自分の方がちょっと大人な考えをしているように感じられます。
悩んで考えて、答えを見つけた時というのは、一瞬老成するのかもしれません。
そして、新しい日々を送る中で、新しく出会うしっちゃかめっちゃかな自分と格闘して、子どものように泣いたり迷ったりしては、それを消化・吸収していく…という繰り返しなのかも。
ああ、精神的な成長ってエンドレス。

久々に手書きなので、腕が疲れるのですが、非常にいい頭というか、心の整理になっています。
記憶は日々消えて行ったり、編集されてしまうから。
残っているそれらの記録は自分の生きてきた道しるべのようなものです。
けっこういい光を放ってくれてますよ。

大人になってから、自分の半世紀を書かれる方もいらっしゃるようですが、私の場合はこのノート自体が「私」ですね。こっぱずかしい部分もありますが、何を感じ、何を求めて、何を目指そうとあがいて生きているのか、が在ります。孤独死したり、とか、早死にした時に家族に残す遺品にもいいかな…なんて思ったりして(笑)

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