七夕

ほんの1ヶ月前の事なのですが、既に追憶、なのかな。
七夕の日に父が亡くなりました。

実は、とても後悔があったのです。
当事者には痛みも苦しみもほとんどないようなあっという間の死でしたが、
そのために死に目に会えなかった事とか、
週末だったので、その週末になんで帰っていなかったのかとか、
夜中の死だったので、なんで夕食後に電話を入れなかった事とか、
後から家族から「hanaはいないのか?」と父が何度か呼んでいた事とか、
諸々。

実家に戻れば、「それでもなんとか家で看れてよかったね」と病院が嫌いだった
父の願いが果たせてよかったと、生前の父の話をする家族の話題には
入る事ができず、離れていた事で心の中を駆け巡っている後悔の念も
家族には吐き出す事ができず。恐れていたよりも穏やかに話している家族に
安堵しながら、心臓だか胃だかが苦しくていられず、一旦愛知に強行軍で帰ってきてしまい、
また通夜前日に実家にとんぼ帰りする始末。

親戚が集まれば、「お父さんが病気になったと聞いて、hanaちゃんがいるから安心、
と思っていたら遠くに離れてるんだもの。あなたも大変だったわね」と言われ、
看護職なのに大事なときに遠くにいた事を責められているような気持ちがして…。
そんな事は言われなくても自分が一番思っている事でした。

実際には、近くにいてもシフトの関係でそれほど密接にできる事はないし、専門分野でも
ないので、逆に色々と気負ってしまい、私が精神的につぶれていたかもしれないし、
下手に頼られて手を出して、訪問診療や訪問看護が入れるタイミングに悪影響が出ていた
かも知れないけれど、世間的にはやはり親孝行とは対極な行動なんだろう。

葬式代は残せなかった父なので、葬式代はほとんど私が出し、それが後悔の代償なのか、
と自分に言聞かせながらも、どこまでいっても私は家族ではなく財布なのか、という
自虐的な思いにとらわれていました。
翌週の整体では、ずっと思いをのみこむたびに重苦しさを感じていた
左の腹部が固くしこっていて、「ここは何か吐き出せずにいたりすると
固くなりますね」と言われ、(まさにそう!)と思ったものです。
それでも実習の立て込んでいたここ1ヶ月、日々のせわしなさにゆっくり思いを巡らす
事もできず、はや1ヶ月。
ふとした事で、父の言葉が聞けました。

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