すみません。浮かれた話ではないのでご了承くださいませ。
11月も半ば。もうすぐ年末。忘年会のシーズンに入りますね。
忘年会…。もうたくさんの楽しく大騒ぎした記憶が蓄えられていますが、忘れることのない苦い記憶があります。
それは就職して最初の忘年会。
看護師として1年目。職場の忘年会の幹事は1年目の看護師がやるのが慣例となっていました。
ので、私とHちゃんがなりました。
Hちゃんは、おっとりしていて、仕事の覚えもゆっくり丁寧で、ドジをしてもなぜか憎めず、愛される子でした。
その頃の私は要領がよく、てきぱきと仕事を覚えてこなすように見えているらしく、スタッフの目は私は大丈夫だろう、とHちゃんに注がれるといった状態でした。
幹事を任されたときも、あなたが仕切らないと進まないね~とか言われ、私もそうだな、と思っていました。
仕事柄勤務がHちゃんと一緒になることは難しく、場所の予約とか、ゲーム内容・景品とかを主に私が準備して、その状況をHちゃんに報告するという形をとっていました。「料理はこんな感じに頼んでみたよ」「うん、いいね。」「ゲームはコレにしてみたんだけどいいかな?」「うん。」「じゃ、景品も適当にみつくろっとくね。」「うん。やること早いね~。さすがだね~」みたいな感じ。
忘年会準備を少しずつしているとき、私の看護学校の同級生のMが原因不明の脳炎をおこし、彼女の就職先の病院に入院しました。
お見舞いに行ったところ、その日の午前中に都内の病院に転院していました。数日後そちらにお見舞いに行くと、意識がなくなり家族以外面会謝絶になっていました。
いやな予感はしていました。新米でも医療者でしたから。
忘年会前夜、同級生から電話がかかってきました。
「Mが亡くなった」
私は呆然。様子のおかしい私を気にして聞いた母に伝えると、母が「かわいそうに…」と嗚咽し、その泣いている様子を見て私も泣くことができました。
お通夜は忘年会の日。
お通夜に行きたかった。
でも忘年会の準備をやったのはほとんど私。
ここでいきなりHちゃんにお願いするわけにはいかない。
でも、心の底をのぞけば、それは責任感ではなかった。
Hちゃんはあてにならない。きっとちゃんとできない。
私がやらなくちゃ。
そんな尊大な心がありました。
Hちゃんをはじめ、誰にもお通夜があることは言わず幹事をしました。
その2時間はMのことを忘れ、盛り上げるのに徹して忘年会は無事に終了しました。
Hちゃんはニコニコとサポートしてくれていました。
そして翌日、Mの告別式に行きました。
ここで会えると思っていました。
…でも、すでに荼毘に付されていました。
お通夜にも参列した友人からは「昨日は顔を見られた」との言葉。
私の目の前には、笑顔の写真だけがありました。
会えないままでした。最後まで会えないままでした。
会いたかった。
なんで通夜に行かなかったのだろうと悔やみました。
写真に焼香しても、Mが亡くなったという実感がわきません。
友人達のむせび泣く声と、場を覆う重く哀しい雰囲気にいつしかのみ込まれ、むせび泣いていましたが。後になれば、Mを思い出すときは学生の頃のやわらかい笑顔とはつらつとした姿が浮かぶので、病身の姿や亡骸を目にすることがなかったことを幸いとも思えます。
でも、数年は自分の尊大な気持ちで、大事な友人に会えなかったことが悔やまれました。
数年後、私は人から「あなたには任せられない。私がやるからあなたは私の言うようにやってくれればいい」というような態度をとられたことがありました。
もちろん、言葉には出しません。社会人ですから。
でも、その態度は紛れもなく以前私がHちゃんにとった態度でした。
…傷つきました。そしてかなしかった。
状況も話されないのならそりゃ理解もできないし、手助けもできやしない。
手伝いながら「ここはもっとこうできたのでは?」と思うところもありました。
相談してほしかった。
一緒にやっているのだから、報告ではなく相談してほしかった。
ごめんね、Hちゃん。
誰かと何かをするとき、その人たちとの関係性で主に主導する側と従う側とに別れます。
主導する側になったら、他の人の考えや気持ちを汲み取っていく姿勢が大事だと思います。
それを忘れてしまうと、どこかで歯車が狂ってくるかもしれません。
これは苦い経験から私が学んだこと。
気が付けばもう10年も前のことです。
M、私は少しは成長してるかな?
学生の頃の教科書を見ると、私のものなのにMの字ばかりで書き込みがされています。
「ここ、テストにでるよ」とか。
バイト優先だったり、図書館でボーっとしがちな私が無事に卒業できたのは、Mのおかげといっても過言ではありません。
現に思い出す光景は「ほら、ここだ~」と図書館に私を呼びに来るMの姿。
あの頃の私を見ているMは助産師をしている私をみて別人だと思うだろう。・・・思わないかな。
Mのように思いやりのある人になりたいと思いつつ、なかなかいたらない。
22歳のあんたにまだ追いつけてない気がするよ…。



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