あまり内容も知らなかった郵政民営化。
でも、その小波が直撃しました。
定年した父は郵便局に勤めていました。
家は定年まで郵政宿舎にいました。
今年、郵政民営化に伴い、宿舎が取り壊されることになりました。

親から聞き、「ふ~ん」とそれほど思いをめぐらすことはなく、日は過ぎ、あるとき、
用事があって宿舎の近くに行ったとき、ふと立ち寄る気が起こりました。
宿舎といっても、規模の大きい団地の一角に6棟ほど立っていたものです。
団地の中に入り、商店街、公園と昔とあまりかわらない光景をとおり、宿舎が見えるはずの場所に行くと・・・
ビニールに囲まれている一角が。
隙間からのぞくと、ブルト-ザーが数台動いていました。

コンクリートの破片が所々にありましたが、
もう跡形もなくなっていました。
何だか、こみ上げてくるものがあって、
泣いていました。
一人できてよかったとおもった。
誰かと来ていたら、泣けなくてよけいつらかったと思う。

もう、私の育ったところは、記憶の中にしかない。
玄関の壁、床の感触、トイレのドアノブの触感、お風呂のドアの閉めにくい感じ、
窓から見えた景色、すずめを捕獲しようとしたベランダ、
狭いけど、一番家族らしい団欒があった居間。
振り返るとそこでの記憶が「しあわせ」でした。
もう場所はなくなってしまいました。
団地の一角がえぐり取られたように、私の心の一部もえぐり取られた感じでした。

実家は別にありますが、宿舎から引っ越したときと同時期に一人暮らしをはじめたので、私の家はそこなのです。
優しい記憶が在ったのはそこなのです。
家というものが心に占める重さを、失ってはじめて気づきました。

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